残業代とは?基本ルールや計算方法・トラブル回避方法を事例を交えて解説

「残業代について」
皆さんこんにちは。
日本産業医社会保険労務士法人の津守です。
本記事では、労務管理に関する様々な事柄について、わかりやすく解説しています。
本日のテーマは「残業代について」です。
日々の業務に追われる中で、残業代の計算や支払いに間違いが生じることがあります。しかし、最近では、労働基準監督署の取り締まりが強化されており、残業代未払いが企業の大きなリスクになっています。また、従業員との信頼関係を損ないかねない問題でもあります。

本記事では、残業代にまつわる基本的なルールから計算方法、そしてよくあるトラブルの回避法まで、人事担当者が知っておくべきポイントを分かりやすく解説します。
明日から実務に活かせる内容をまとめましたので、ぜひご一読ください。
1. 残業と残業代の関係
1-1.残業とは
「残業」とは、労働契約で定めた勤務時間を超えて働く時間を指します。たとえば、1日8時間の労働契約で9時間働いた場合、その1時間が残業に該当します。残業は、働く日や時間帯によって以下のように分類されます。この分類は、後述する割増率計算において重要な意味を持ちます。
残業のパターン | 解説 |
時間外労働(月60時間未満までの部分) | 法定労働時間を過ぎて働く場合です(いわゆる普通の残業)。 |
時間外労働(月60時間超の部分) | 月の時間外労働がすでに60時間を超えている場合、その超えた部分の労働です。 |
休日労働 | 法定休日(週1回または4週間に4日の休み)に働く場合です。 |
深夜労働 | 深夜帯(午後10時から午前5時までの間)に働く場合です。 |
時間外労働+深夜労働 | 通常の残業が深夜帯まで及ぶ場合です。 |
時間外労働(月60時間超の部分)+深夜労働 | 月の時間外労働がすでに60時間を超えている場合に時間外労働をして、それが深夜帯に及ぶ場合です。 |
休日労働+深夜労働 | 法定休日の深夜帯に働く場合です。 |
なお、前述の7つのパターンの他に法定内残業というものがありますが、こちらは追加の労働時間分のみ賃金を支払えば良く、「割増賃金」の支払いを行う必要はありません。
1-2.残業代について
さて、この”余計に労働させた”部分に対して支払い義務が発生するのが、「残業代」です。残業代の支払いは労働基準法で決められているため、残業をさせたのにも関わらず、追加の賃金を支払わないのは犯罪になります。また、未払いの残業代は後に従業員から請求されるリスクがあり、それによって経営に打撃となるケースも存在しています。さらに、上場やM&Aを予定している企業の場合は、未払い賃金の存在が潜在債務として企業価値を毀損してしまう可能性は十分にありえます。適正な残業代を支払うことは経営者にとって最も重要な義務の一つといえます。
2. 残業代の計算方法
2-1.基礎賃金の計算
残業代は「基礎賃金」に基づいて計算されます。基礎賃金とは、基本給と一部の手当を合算し、所定労働時間で割ることで算出します。これにより、月給制の会社の賃金を時給に換算することができます。
所定労働時間は会社によって異なり、毎月同じ時間数の会社もあれば、月によって異なる会社もあります。そのため、所定労働時間が一定の場合と、そうでない場合で計算式が異なります。以下、具体的な計算例です。
- 所定労働時間が一定の場合
例)基本給20万円+手当10万円、月150時間労働の場合
→(20万円+10万円)÷150時間=時給2,000円
- 所定労働時間が変動する場合
例)基本給+手当が24.3万円、年間休日122日、1日8時間労働の場合
→1年間の労働日数:365日-122日=243日
→1年間の総労働時間:243日×8時間=1,944時間
→月平均労働時間:1,944時間÷12ヶ月=162時間
→24.3万円÷162時間=時給1,500円
2-2.基礎賃金に含まれない手当
前述のとおり、残業代計算のための基礎賃金には各種手当が含まれていますが、下記の手当は除外することになっています。逆に言えばこれ以外の手当は基礎賃金に含めなければならなりません。こうした手当を基礎賃金に含めないことでトラブルになることが多々ありますので、十分に注意してください。
① 家族⼿当
② 通勤⼿当
③ 別居⼿当
④ ⼦⼥教育⼿当
⑤ 住宅⼿当
⑥ 臨時に⽀払われた賃⾦
⑦ 1か⽉を超える期間ごとに⽀払われる賃金
2-3. 割増賃金とは
残業代は基礎賃金に「余分に働いた労働時間」を乗じて算出することができます。
例)基礎賃金が2000円、所定労働時間が6時間の会社で8時間働いた場合
→2,000円×(8時間-6時間)=4,000円
しかし、この計算のみでよいのは労働時間が法定労働時間の範囲内に収まっている場合だけです。多くの会社では所定労働時間を8時間に設定しているため、「残業」といった場合は法定労働時間を超えることになります。このときは、基礎賃金×残業時間に加えて「割増賃金」を支払うことになっています。なお、月給制の場合は「通常の賃金」が基本給などに含まれているので、実際の残業手当は割増賃金分となります。
割増賃金は、法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超える労働に発生するもので、基礎賃金×残業時間に割増率を乗じた金額になります。具体的な割増率は以下の通りです。
- 時間外労働(1か月60時間以内):25%
- 時間外労働(1か月60時間超):50%
- 法定休日労働:35%
- 深夜労働(午後10時~午前5時):25%(他の割増率に加算が可能)
例1:基礎賃金1,000円、所定労働時間8時間の会社の従業員が、平日に10時間残業した場合
→基礎賃金1,000円×10時間=10,000円
→割増賃金1,000円×25%×(10時間-8時間)=500円
→合計=10,500円
ここで、法定休日の割増賃金について補足しておきます。法定休日は最初から35%という高い割増率となっています。例えば、平日は時給1,000円で働いている人が、法定休日に10時間働いた場合は下記のようになります。
例2:基礎賃金1,000円の従業員が法定休日に10時間勤務し、そのうち2時間が深夜帯以外の場合
→基礎賃金1,000円×10時間=10,000円(通常の賃金)
→基礎賃金1,000×割増賃金(35%)×10時間=3,500円(法定休日の割増賃金)
→合計=13,500円
ここで重要なのは、法定休日の労働時間が8時間を超えても割増率が35%のままであることです。平日の労働では8時間を超えた部分に割増賃金が発生するので、それと混同してしまうことがありますので注意してください。
一方で、法定休日労働の割増率が常に35%というわけではなく、労働時間が深夜帯に及んだ場合は、割増率が変更されます。具体的には本来の法定休日労働の割増率35%に、深夜帯の割増率25%が追加されて合計60%の割増率になります。
例3:基礎賃金1,000円の従業員が法定休日に14時間勤務し、そのうち2時間が深夜帯の場合
→基礎賃金1,000円×14時間=14,000円(通常の賃金)
→基礎賃金1,000円×割増率35%×14時間=4,900円(法定休日の割増賃金)
→基礎賃金1,000円×割増率25%×2時間=500円(深夜帯の割増賃金)
→合計=19,400円
通常の賃金と割増率の関係については、下記をイメージするとわかりやすいと思います。
3. 注意が必要な「管理監督者」の定義と深夜割増賃金
かつて、筆者は「管理職になって、手取りの給料が減りました」という話を聞くことがありました。詳しく話を聞いていると、課長になったので「管理監督者」として残業代が出なくなったようです。労働基準法によると、管理監督者は「時間外・休日労働に対する割増賃金」の対象外となっているので、この規定を根拠にして残業代が出ていないのでしょう。しかし、実際に管理監督者の適用はあくまで例外的な取り扱いであり、安易に認められるものではありません。
3-1.管理監督者の要件
過去の判例や通達によると、管理監督者として認められるためには下記の条件が必要とされます。
- 経営への関与権限:採用や人事権を持ち、意思決定に関わること
- 出退勤の自由:勤務時間を自身で調整できること
- 待遇の優遇:一般労働者と比較して十分な給与・手当があること
つまり、形式的に「課長」という肩書があったとしても、上記の条件を満たしていないのであれば、管理監督者には該当しないことになります。
例えば、②について出退勤管理が自由であることが条件となっていますが、たとえ課長の身分があったとしても、遅刻をして勤務評価にマイナスとなる場合には管理監督者に該当しないことになります。いわゆる”重役出勤”ができていないのであれば、管理監督者とは認められにくく、残業代を支払わなければならないという事です。
給与計算ソフトの普及により、残業代に関する細かなの計算ミスは大幅に減りましたが、「管理監督者」の運用を誤っている場合、どれだけ優れたソフトを使っても賃金未払いのリスクが残ります。
こうした運用ミスは重大なトラブルに発展しかねないため、改めて自社の運用状況を確認していただきたいと思います。
もし心当たりがある場合は、すぐに顧問社会保険労務士や顧問弁護士に相談することを強くお勧めします。
3-2.管理監督者に支払われなければならない深夜業手当
先ほど管理監督者は「時間外・休日労働に対する割増賃金」の対象外という話をしましたが、管理監督者がすべての割増賃金の対象から外れれるわけではなく、深夜割増賃金の支払いは義務となっています。
世の中には様々な職業が存在し、深夜労働が避けられない場合があります。そこで労働時間の長さだけではなく、「1日のうちのどのような時間帯に行われるかに着目して」支払うべき手当として、深夜割増手当というものが存在するのです。これは時間外労働を制限しようとする時間外・休日労働に対する割増賃金とは趣旨が異なるため、管理監督者に対しても支給しなければなりません。
深夜割増賃金についての具体的な計算例を下記に示します(先に出てきた例3の事例を基にしています)。
例4:基礎賃金1,000円の管理監督者が法定休日に14時間勤務し、そのうち2時間が深夜帯の場合
→基礎賃金1,000円×割増率25%×2時間=500円(深夜帯の割増賃金)
→合計=500円
管理監督者の深夜割増賃金の支払いは、忘れられがちな論点です。しかし過去に裁判にもなっていますので、人事担当者としては十分に認識する必要があります。
4. 残業代未払いのリスク
残業代(割増賃金)支払いの目的の一つとして、労働時間を抑制することが挙げられます。
人は長時間労働をすることで体調を崩しやすくなるので、国は会社に対して残業代を支払うことを命じることで、残業を抑制しようとしています。したがって、残業代の支払いは国が重要視していることの一つであり、その未払いが発覚した場合には重大な問題に発展する可能性があります。
具体的には以下のようなリスクがあります。
- 労働基準法違反:労働基準監督署の指導や罰則対象
- 未払い賃金請求:3年間の未払い賃金を支払う義務
- 企業イメージの低下:従業員の不満や離職につながる可能性
4-1. 労働基準法違反
残業代の不払いは法律に反することになりますので、労基署の指導や是正勧告を受けることになります。また、悪質な場合は送検される場合もあるので、残業代の未払いを指摘された場合は迅速に対処するようにしましょう。
4-2. 未払い賃金請求
残業代を支払っていないことが発覚した場合、労働者は未払い賃金を請求してくるでしょう。2024年11月時点での賃金請求の時効は3年なので、3年分の残業代の支払いをしなければなりません。そして多くの場合、残業代を支払っていない会社では、複数の労働者に対して未払い賃金をかかえていることになるため、一度に大量のキャッシュアウトが発生します。これが資金力のない企業で起こった場合には運転資金が不足する可能性がありますが、メインバンクでも未払い賃金を支払うために融資をしてくれるところは少ないでしょう。その場合、会社が倒産することも十分に考えられるため、残業代を適切に支払うことは、重要な経営課題の一つと考えるべきです。
4-3. 企業イメージの低下
近年はSNSなどの発達により情報が瞬時に拡散される時代となっています。そのため、仮に残業代未払いが発覚すれば、それが世間に知られてしまうリスクが格段に大きくなっています。この場合、従業員だけでなく社会全体からの信用も失うことになり、今後の経営に大きな打撃となる可能性があります。残業代の未払いトラブルは、対応コストも風評被害も大きいため、未然防止が肝心です。
5.その他残業代に関する注意点
残業代は賃金に関することであり、労働者にとっては最も重要な労働条件の1つです。そして、残業代の支払いに過誤があった場合には後に法定紛争となるリスクがあります。これは人事労務担当者にとっては「知らなかった」では済まない問題です。この項では、残業代の支払いで注意が必要な事項について解説します。
5-1. 残業代は1分単位で支払わなければならない
5-1-1.残業代の端数処理について
労働時間は通常、「1日◯◯時間」と時間単位で定められていますが、残業代の計算は法律で「1分単位」と定められています。
現在では多くの企業が勤怠管理ソフトや給与計算ソフトを導入し、残業時間と残業代を正確に計算しています。しかし、一部の企業では法律を十分に理解しないまま、不適切な計算方法を採用しているケースがあるのも事実です。
5-1-2.よくある誤解と実例
筆者が以前在籍していた企業では、「1日30分未満の残業はカットする」という運用が行われていました。これは法律を誤って解釈した典型例です。
法律で認められている端数処理は『1ヶ月』30分未満の残業代の切り捨て』に限られていますので、1日の単位で30分未満の残業代を端数として切り捨てることは、明確な違法行為となります。
また、以前に産業医として営業を行った際に訪問した企業では、役員が「残業代を1分単位で支払うのは現実的ではない」と発言し、残業代の一部を支払わない運用をしていました。このような企業に対しては、労基署による臨検監督(立ち入り調査)が定期的に行われており、半年に1回のペースで指導が繰り返されていました。役員自身が「なぜうちの会社ばかり臨検が入るのか」と疑問を抱いていましたが、違法行為を行っている認識が薄かった可能性があります。結果として契約に至らなかったためその後の経過については不明ですが、賃金計算を適切に行っていることを祈るばかりです。
5-1-3.端数処理の正しいルール
国が定める残業代計算の端数処理のルールは以下の通りです。
- 時間外労働・休日労働・深夜労働の時間数
1ヶ月単位で合計した労働時間に1時間未満の端数がある場合、30分未満を切り捨て、30分以上を1時間に切り上げます。
- 1時間あたりの賃金や割増賃金額
1円未満の端数が発生した場合、50銭未満は切り捨て、50銭以上は1円に切り上げます。
- 割増賃金の総額
1ヶ月の割増賃金の総額に1円未満の端数が発生した場合、上記2と同様に処理します。
このように、残業代の端数処理について誤った解釈をしていると、労基法違反で送検される他、従業員からの信頼を失い、未払い残業代を請求されるおそれもあります。こうしたトラブルを未然に防ぎつつ、給与計算の手間を省くためには勤怠管理ソフトの活用が有効です。
正確な記録と計算を行うため、最新の勤怠管理ツールや給与計算ソフトを導入し、従業員の労働時間を適切に把握し、適切な賃金計算をするようにしましょう。
5-2. いわゆる36協定を結ばずに残業させることはできない。
この記事は残業代がテーマとなっていますが、そもそも法定労働時間を超えて残業する場合には36協定というものを労基署に提出しなければなりません。この36協定は事業場の労働者の過半数代表者(または過半数で構成される労働組合)との間で締結する必要があり、労基署に提出して初めて効力が発生します。
また、36協定の有効期間は最大でも1年であり、毎年更新をしなければなりません。この更新手続きを提出しないと残業そのものが違法となってしまうため、注意するようにしましょう。
5-3.会社が定めた残業時間の上限を過ぎた場合でも残業代は支払う必要がある。
働き方改革という言葉が世の中に浸透するにつれて、長時間の残業を避けようとする企業が増加しています。そして残業を減らす施策の一貫として、会社が1日の残業時間の上限を定めるケースがあります。
この場合、上限の範囲内で残業が収まる場合は良いのですが、業務の進捗状況によっては上限を超えてしまう場合があります。この場合、会社が決めた上限を超えて残業をした場合にも、残業代の支払い義務は発生します。特に残業が発生していることを会社が黙認していた場合や、残業をしなければ終わらない量の業務を与えていた場合には、「黙示の指示」として会社が残業を命じたことになり、残業代を支払わなければなりません。
形式的に残業を抑えようとする企業は少なくありませんが、業務の整理と適切な配分により、業務量自体を減らす努力をする必要があります。
5-4. 年俸制でも残業代が発生する
5-4-1.年俸制とは
「年俸」という言葉を聞くと、はプロ野球選手やサッカー選手に与えられる報酬をイメージされる方も少なくないと思いますが、一般企業でも年俸制で雇用されているビジネスパーソンはたくさんいます。
「年俸」という言葉を、筆者の手元にある『新明解国語辞典第八版』(三省堂)で調べると、「一年を単位として支給される俸給」とあります。この言葉だけ聞くと、1年間単位で支給されるのだから、残業代も含まれているのではないか」と考えてしまうと思いますが、日本の裁判所はそのようには解釈しません。
実際、雇用契約書に「時間外手当を含む」と記載がされた場合であっても、追加の割増賃金を支払うよう命じられた判例もあり年俸の中に残業代を含めるのであれば適切な記載をする必要があります。
5-4-2. 年俸に残業代を組み込む場合の条件
年俸の中に残業代を含める場合、基本的には固定残業代の支払いと同様のプロセスを踏む必要があります(固定残業代については別の記事で解説しています)。以下の手順に沿って、適切に運用することが求められます。
① 想定される時間外労働の時間数を決定する
まず、対象となる労働者の予定残業時間を設定します。
一般的には、会社の中の同種の労働者の実績データを基に、平均的な時間外労働時間を想定することが多いですが、同種の労働者がいない場合は同業他社の事例を参考にするのが適切です。
② 割増賃金を計算する
①で設定した予定残業時間に基づき、その時間分の割増賃金を算出します。計算は労働基準法に基づき、時間外労働や深夜労働、休日労働などの割増率を考慮して行います。
③ 通常の賃金と残業代を明確に区分する
年俸制では、1年間の報酬を12回に分けて毎月支払いますが、その際に雇用契約書や給与明細において「通常の賃金」と「残業代」を明確に区分して記載する必要があります。
この明確な区分により、労働者が自身の残業代が適正に支払われているかを確認できることが求められます。
④ 想定を超えた時間外労働への対応
①で設定した予定残業時間はあくまで「想定」であるため、実際の残業時間が想定を超えることがあります。この場合、超過した分の割増賃金を別途支払う必要があります。
たとえば、予定よりも多くの時間外労働が発生した場合、通常の残業代計算と同じ基準で追加支払いを行う必要があります。
5-5.未払賃金の時効の延長
5-5-1.時効の延長
未払の残業代がある場合、労働者から支払いを求められ、訴訟に発展する可能性があります。この際、重要となるのが「時効」の問題です。
以前は、賃金請求権の消滅時効は2年とされていました。しかし、2020年4月1日以降に支払われる賃金については、時効が「当面の間3年」に延長されています(条文上は5年とされていますが、2024年11月3日時点での時効は3年です)。
5-5-2.時効の延長が経営に与える影響
時効が1年延長されるだけでも、経営側にとっては大きな負担となる場合があります。
例えば、東京都の最低賃金が時給1,163円と仮定し(2024年10月時点)、従業員が1ヶ月10時間の未払残業をしていた場合を考えてみましょう。
- 1ヶ月の未払残業代
1,163円 × 10時間 × 1.25(25%割増)≒ 14,538円 - 1年間(12ヶ月)の未払残業代
14,538円 × 12ヶ月 = 174,456円
従業員1人の場合、年間で約17万円程度の未払額ですが、これが従業員100人分になるとどうでしょうか?
- 従業員100人の場合
174,456円 × 100人 = 約1,744万円
(さらにこれに遅延利息が加算されます)
このような支払いが一度に発生すると、特に中小企業や零細企業にとっては経営に深刻な影響を与える可能性があります。これらのシミュレーションからは、平素から賃金の支払いを適切に行い、トラブルを未然に防ぐ姿勢が重要であることが示唆されます。
6.残業代に関するトラブル例
ここまで「残業代」についての解説をしてまいりましたが、最後に残業代に関する事例について紹介させていただきます。
① 日本マクドナルド事件 東京地裁平成20年1月28日判決
概要
ハンバーガー販売チェーン会社Yの店長Xが、自身を労働基準法41条2号における「管理監督者」として扱われていることに異議を唱え、過去2年分の未払い残業代を求めました(当時は賃金請求の時効が2年でした)。会社側は、店長がアルバイトの採用、勤務シフトの決定、店舗運営といった重要な職責を担い、高い権限を与えられていることから「管理監督者」に該当すると主張しましたが、結果として会社Yは敗訴しました。
敗訴の理由
- 「管理監督者」とは何か
裁判所は、「管理監督者」は経営者と一体の立場で、労働時間や条件の枠を超えて事業活動を遂行することが求められる者であり、給与や待遇面でも特別な優遇があるべきだと指摘しました。 - 店長の業務実態
- 店長の業務は、アルバイトの採用やシフト調整など、店舗運営に限られており、経営全体に関与する立場ではありませんでした。
- 店長がシフトマネージャーとして連続勤務し、月100時間を超える時間外労働を余儀なくされるなど、労働時間に関する自由裁量性があったとは認められないとしました。
- 待遇面の不備
種々の条件で補正した店長の年収は、一部の非管理監督者であるファーストアシスタントマネージャーの収入と大差がなく、管理監督者に求められる「特別な待遇」とは認められないと判断されました。
教訓
- 役職者の業務実態を再確認
管理職としている従業員の職務内容、出退勤管理の状況、待遇を確認し、「管理監督者」として適切かどうかをチェックする。 - 就業規則の見直し
管理監督者の範囲や待遇に関する記載を精査し、法的リスクを回避できる内容に更新する。 - 専門家への相談
労務管理の不備が疑われる場合、早めに顧問社労士や弁護士に相談し、適切な対応策を検討することが肝要です。
7.まとめ
本日は、「残業代」について解説しました。
従業員に適正な残業代を支払うことは、会社の基本的な義務であると同時に、従業員のモチベーション向上や企業イメージの向上にもつながります。一方で、実務上では”うっかりミス”で金額を間違えているケースが散見されますので、給与計算ソフトの活用や専門家への相談を通じて、残業代支払の適正化を進めましょう。
当法人では、従業員トラブルに関する幅広いご相談を承っております。パワハラや労働問
題、職場の人間関係に関する悩みなど、企業様が直面するさまざまな課題に対して、専門的なアドバイスと実務的なサポートを提供しています。
お困りのことがあれば、ぜひお気軽にご連絡ください。
<参考>
・東京労働局https://jsite.mhlw.go.jp/tokyo-roudoukyoku/content/contents/000501860.pdf
・全基連https://www.zenkiren.com/Portals/0/html/jinji/hannrei/shoshi/08626.html
・鹿児島労働局https://jsite.mhlw.go.jp/kagoshima-roudoukyoku/yokuaru_goshitsumon/kyushokuchu/0310.html
・厚生労働省https://www.mhlw.go.jp/content/000617974.pdf
文責:津守孝彦
最終更新:2024年11月3日